大工仲間を元気にするブログ

2008年04月29日

子供のころの思い出 石山寺の国宝 多宝塔

今から33年も前になりますが、小学校2年生のとき祖父と親父に連れられて初めて家の近くにある石山寺に来たときのことです。初めてこの多宝塔を見た瞬間にあまりの美しさにしばらく目を奪われていました。私にとって生まれて初めて美しいと思った建物がこの国宝多宝塔でした。


今でもその時のことは鮮明に覚えています。ちょうどこの写真の位置でした。階段を祖父の手を引っ張りながら上がると目に飛び込んできた風景がこの写真の風景でした。
季節は秋で、紅葉が綺麗でその風景の中に溶け込むように建っている多宝塔に子供ながらしばし心を奪われていました。


世界中のどの女性よりもセクシーなこのプロポーション、理屈じゃない理由などいらない800年以上も昔の大工のセンスにはいつの時代にも美しいと思われつづける建物を造り出せる感性があった、建築基準法に邪魔されがんじがらめにされている今の時代の我々では到底思いもつかない意匠。1000年近くも残る建物が発想でき造る技術が有ったとしても今の建築基準法がそれを許さない、日本の木の建築の技術伝承に歯止めをかけているだけで何も生み出さない。建築基準法がなかった時代、大工が己のプライドと命を賭けて建てて来た時代の建物 今でもここに建っているのは、まぐれではないですよ。


日本中にある多宝塔のなかで最も古く最も美しい石山寺の多宝塔、一度皆さんも観にいってください。京町の家の構造見学会も来て下さい。

posted by miyauchi at 07:18| 滋賀 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 目の保養 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月20日

京町の家の上棟 パート2

上棟の日は、とりあえずお天気も良かったのですが、その後雨がつづき屋根の仕舞いがつかず、少しイライラしてます。・・・でも上棟式で頂くお酒のおいしさは、墨付けした大工にしかわからないでしょう、一つの大仕事をやり遂げた充実感を味わいながら頂く酒 これがあるから大工は辞められない。


私の親父もまだまだ現役、カケヤ(木槌)の音もまだまだ力強く高いところも飛ぶように歩いております。



挟み梁の仕口・・・ここは上段と下段の間に面倒板を入れております。この面倒板だけでも結構初期剛性はあがります。

今回、一切金物は使用していないので随所に工夫を凝らしております。手前の柱のホゾには、宮内式菱形込み栓・・・奥に見える束は人形束で母屋を固定しております。他にも隠れたところに、細工を施しています。木組みだけで考えると色々な工夫がひらめいて大工として造っていくことの楽しさがいっぱい見つけられました。


チョットした工夫の積み重ねで本当に強くて丈夫な家はできます。今までのやり方にとらわれず、今回改めて(木組みにはまだまだ未知の可能性があります。)「守・破・離」教えられたことを忠実に守り鍛錬する‘守‘ その常識を破り違う発想で造り上げていく‘破‘そこからも離れて独自の道を切り開く‘離‘・・・大工と言う世界にもこの言葉があると感じた京町の家の上棟でした。


posted by miyauchi at 00:12| 滋賀 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月17日

京町の家の棟が上がりましたあ〜パート1

火曜日、快晴に恵まれ水中乾燥材で造る4寸角挟み梁工法の家、京町の家が上棟いたしました。


もちろん石場建て・・・足固めの木組み


挟み梁の桁梁の木組み


組み方には、川村棟梁と一番番頭の森君、息子さん2人も応援していただき大変活気のある建て方になりました。建て方の途中嘉田由紀子滋賀県知事もお越しくださいました。滋賀県産の杉と水中乾燥の話しやこの工法開発への想いなど、今滋賀県が抱えている森林の問題など色々なお話ができ知事の素敵な人柄に感激いたしました。「できるか、できない」じゃないの「やるか、やるかやらないか」なの、知事の言葉に元気を頂きました。


棟は施主のA様と私、設計者の川端さんと私の親父と4人で納めました。
青空の下気持ちの良い上棟になりました。・・・つづく


posted by miyauchi at 01:47| 滋賀 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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